長野県岩村田高等学校同窓会

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長野県岩村田高等学校創立100周年

長野県岩村田高等学校同窓会

活躍する同窓生 長野県議会議員 花岡 賢一さん(高50回)

大切な時間を共有出来た『最高の環境』

入学して直ぐのことです。

 生徒会が体育館に全校生徒を集めて「制服の自由化」について議決を求めていた光景を強く覚えています。

 私は姉が着ていたジャンスカ(ジャンパースカート)や学ランに愛着もありましたが、「生徒が自ら決定して突き進んで行く」そんな校風をいきなり感じ、ワクワクしていたのが、私の岩高生としてのスタートでありました。

 中学までとは違い、学力等の選考を受けた者同士。共通のモノがあったのか、学年全体に一体感の様なものを感じておりました。私はどちらかと言えば工業科に友人の多くが居たため、後に後輩から「花岡さんって普通科?」と疑惑を持たれた事も思い出として残っております。

 制服の自由化と言っても、体操着まで自由では無く、緑色のダサい上下を着ることに抵抗が物凄くあった事を覚えています。皆さまのご経験がお有りのことと存じますが、変な服装でも集団で、しかも長期間着用していると違和感を持たなくなりますよね。卒業時には、カッコイイとさえ思っていた自分がありました。まったく不思議なものです。

 さて、一様に同じ環境で育った同級生とも卒業をもって別れが訪れます。私のクラスは卒業旅行にほぼ全員が参加する程仲が良かったので、卒業後は年に4回の同級会を行っていました。多いとは感じつつも、それぞれの成長を確かめる指針たる仲間が、そこには在ったのだと思います。

 そんな中、相談を受けます。「すべてのクラス合同で同級会をやってもらえないか?」

私はクラスに垣根を設けず、縦横無尽に青春を謳歌していたと思います。しかし生徒会長選挙で落選した負い目でしょうか。「ソレは生徒会長に言った方がよいのでは?」と返します。後日談ですが、我々のクラスに好きな人がいたので「合同同級会」と安直な考えに至ったとのこと。仕方なしに仲間と準備に入りますが、単なる同級会では面白くないと思い「やるなら『東京で岩高祭』やろうよ!三部作で!」と提案します。試行錯誤の後、最適な環境と考えた池袋のロサ会館で、「第一部『体育祭』ボウリング大会」「第二部『本祭・岩高祭』居酒屋貸し切りで大宴会」「第三部『音楽祭』カラオケ大会」と、終電をもって閉会とする長時間の集会には、時間の調整をしてでも顔を出してくれる人も多く、100人以上の元岩高生が、地元では無く何の縁も無い池袋で集ったのでした。以降第2回は開催できておりませんが「同じ価値観を持ち、大切な時間を共有できていたんだなぁ」と思うと同時に、その環境こそ最高の学び場であったと感じた瞬間であり、人と人との出会いに感謝を重ねております。

 時は経ち、集まりも少なくなった今でも、また集える大切な仲間の健康を祈りながら、創立100周年の重みを感じ、最大限の感謝を添えて追想と致します。

(岩村田高等学校百年誌より抜粋)

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