
個性躍動、麗しく心寄せ合うクラスで
高校入試を無事に終えて希望を胸に抱いて始まった高校生活。野沢の某高校には内申点が足りないと言われ挑戦を断念。気持ちの切り替えはすぐにできた。岩村田に生まれ育った私は、岩高を身近に感じながら、どことなく自由な校風に憧れ、受験に挑みました。クラスはⅭ組。高校ともなると、様々な地域や中学校出身の新しい友人との交流がとにかく嬉しくて、新鮮な気持ちでのスタートでした。
当初は野球班に所属していました。テストの順位が180番となり、大きく焦ったことは今でも忘れられません。一年生の秋に退部。引き留めてくださった先生や友人、両親には今も申し訳ない気持ちでいっぱいであり、その申し訳なさが今を生きる上で大切なモチベーションになっているように思います。
3年生時は岩高祭実行委員になりました。スローガンに「躍動」を提案しました。それそれの思いや個性が躍動しながら、ひとつのものを作り上げるようなイメージを持ったからです。
記念講演では講師に、考古学者の吉村作治先生をお招きしました。校長室での懇談会では、色紙に揮毫をいただきました。ピラミッドにナイル川のイラストが、どことなく浅間山と千曲川にも見えてきます。「今の教育は、知識を教えているが知性を教えていない」と、おっしゃった言葉が、30年経った現在の教育課題ともどこか通じているような気がしてなりません。
このところ日本の「失われた30年」という言葉をよく聞くようになりました。高校卒業から現在までがほぼ重なることにもなります。30年経った今も忘れないのは、ほっとする居場所がクラスにあったことです。それぞれの個性が多様性として尊重し合い、調和する。悩みや喜びを分かち合いながら麗しく心寄せ合える空間がありました。現在も会えば思い出話に花が咲き、近況についても気軽に話せる関係があります。生涯の得難い財産であり、教室での時間がかけがえのない思い出です。この気持ちを子ども達にも是非感じてもらいたいと切に願っています。そしてクラスにあったようなお互いを尊重し合い、多様性が調和する社会が、予測困難な時代、日本の再生に不可欠であると感じるこの頃です。

(岩村田高等学校百年誌より抜粋)